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ポスター(PDF)
冷戦終焉20年
鉄のカーテン解体から、ベルリンの壁崩壊へ
鉄のカーテンはなぜ取り外されたか?
ベルリンの壁崩壊はなぜ起こったか?
中・東欧の人々はいかに解放されたか?
以後20年の軌跡は?
今、人々は本当に自由を享受しているのか?
時 2009年11月22日
所 青山学院大学 総合研究ビル12階 国際会議場
報告者
 
オーストリア、ハンガリー、ドイツ、ポーランドの
歴史的政策決定者、歴史を変えた指導者たちの来日と講演
青山学院 135周年記念 国際会議
ハンガリー大使館・ドイツ大使館・オーストリア大使館・ポーランド大使館共催
朝日新聞社共催・日本国外務省・欧州代表部・日本ハンガリー友好協会共催
青山学院大学
お問い合わせ:青山学院大学 国際政治経済学部
冷戦終焉20年記念講演会実行委員会
(Fax:03-3409-8549、mail:haba-webadmin@kmail.plala.or.jp

冷戦終焉20年国際会議 趣意書    2009.11月22日(予定)
鉄のカーテン崩壊(ヨーロッパ・ピクニック)からベルリンの壁崩壊へ
―――「一つのヨーロッパ」への胎動―――
―ハンガリーとドイツとの密約の内幕―
(draft)
  鉄のカーテンはなぜ取り外されたか? ベルリンの壁崩壊はなぜ起こったか?
  中・東欧は、どのように解放されたか。
  以後20年の軌跡は?  今、人々は本当に自由を享受しているのか?

1989年の冷戦終焉に向けてのドラマは、ブッシュとゴルバチョフのマルタ島での会談を大きく
超え、旧社会主義国に生活する人々自体の解放の流れが、鉄のカーテンを崩し、ベルリンの
壁を崩壊させた、画期的な出来事として展開した。
その出来事は、ハンガリーとオーストリアの間にある小さな国境の美しい街、ショプロンで、
始まった。ここには、西に逃れようとする東独の人々の多くの期待が集中し、そうした人々の
解放の期待が、冷戦の半世紀に風穴を開け、鉄のカーテン・ベルリンの壁を崩し、冷戦後の
ヨーロッパの統一と発展を準備していったのである。

この秋、私たちは、冷戦終焉20年を記念して、ドイツ、オーストリア、ハンガリー、各国大使館と
日本の大学との共同で、20年前の冷戦終焉に向けての人々の動きと政治家たちの政策決定
過程を再確認する、あわせて、研究者の冷静な目で、冷戦終焉20年間は、そこに生きて生活
する人々に結局何をもたらしたのかを、100年に一度といわれる世界金融危機後の現在に
立脚しつつ、分析する。

以下、冷戦終焉時に、鉄のカーテンを開きベルリンの壁を崩した、当事国各国の政策決定者を
招き、それがなぜいかにもたらされたのを語っていただく。
また 事実そのものを再検討しなおすとともに、その歴史的意義が、冷戦終焉20年後に、
どのように読みなおされるべきかをも、再検討する。

1)1989年の冷戦終焉は、どのようにして起こったのか。
1945年以降の米ソ国際政治の下での、ヨーロッパの分断と統合の問題を検討する。

2)鉄のカーテンに風穴をあける、ヨーロッパ・ピクニック計画は、なぜハンガリーで
起こり、鉄のカーテンの崩壊、さらにはベルリンの壁の崩壊につながったのか。
ヨーロッパにおける小国ハンガリーの位置と役割について検討する。

3)東欧の社会主義国の地殻変動に対し、EC, NATO加盟国たるドイツ、中立国オーストリアと
その政府は、どのように対処し、歴史を作りなおそうとしたのか。
当時の政治家の証言、残された資料、研究者の文献によって検証する。

4)冷戦終焉20年後、未曾有の世界金融危機とアメリカの小浜政権の誕生を踏まえ、
欧州は現在どこに向かおうとしているのか。日本はどう対処するのか。
ドイツ、オーストリア、ハンガリーの位置と役割を、当事国および日本の研究者のコラボ
レーションにより検証する。