●05月28日(日)第02回研究会
上林千恵子氏
「イギリス移民政策の現状と評価」
増田正人氏
「アメリカ経済とユーロ圏」
・法政大学大学院 大学院棟
●上林千恵子氏
「イギリス移民政策の現状と評価
−選択的移民受け入れの実現へ」
<要旨>
本報告は、イギリスの移民政策にみられる” すき間”に焦点をあてたものである。この”すき間”という概念は、イギリスの移民政策の対外的対応と国内的対応の形式的側面(建て前部分)と非形式的側面(運用面)の特徴を表すものである。「EUの他の諸国と比較して国境管理が厳しい」という側面を持つ一方で、「定住している移民への管理が緩やか」であるというのがイギリスの移民政策にみられる特徴である。
この”すき間”に着目しつつ、イギリスの移民政策の変遷を追い、さらに現在の多文化的状況を理解することが、本報告の主旨である。
イギリス移民政策の背景には、政治的側面と経済的側面の大きく二つの側面がある。第一に、政治的側面としては、旧植民地や英連邦諸国といったイギリス特有の歴史的背景への対応は、移民政策や人種問題として常に政治的課題となってきた。第二に、経済的側面としては、労働力確保という観点から移民導入の必要性が主張された。しかしながら、イギリスの移民政策の特徴は、政治的側面が経済的側面に常に優先してきた点にあるといえる。
イギリスの移民政策の変遷は、大きな流れとしては入国制限と移民管理強化という方向へと進んでいる。1962年「英連邦移民法」、1968年「英連邦移民法」、1971年「英連邦移民法」は、それぞれにその後の移民政策の規定路線となる移民制限の転換点であるといえる。特に、1971年の「英連邦移民法」では「パトリアル」概念が導入され、イギリスに血統上のルーツをもたない人々(「ノン・パトリアル」)は厳しい入国制限の対象となった。この「ノン・パトリアル」の多くは、新英連邦諸国およびパキスタンからの黒人やアジア人であり、この政策そのものが移民の人種的性格を強く帯びていることが理解できる。
しかしながら前述したように、イギリスの移民政策は厳しい移民制限を施行する一方で、国内における移民への管理・対応は緩やかであり、”すき間”は依然としてイギリスの移民政策における特徴としてあげられる。そして、この”すき間”の帰結するところが今日のイギリスにおける多文化的状況である。つまり、積極的多文化主義はこれを目指した意図的・政策的導入によってもたらされたものではなく、個人主義を基盤としたイギリスにおける従来の移民政策の結果にしか過ぎない。
最後に、今後イギリスの移民政策の課題として以下の二点が考えられる。第一に、多文化的状況における何らかの統合政策と選別的な移民の導入実施の同時達成課題である。国内における移民を社会的に包摂していく必要性が高まってきていると同時に、有能な移民労働力を選別して確保する必要性が政府・使用者間で意図されている。第二に、安全保障政策(テロ対策)と移民労働力の確保の同時達成が課題となっている。2001年の9.11テロ、2005年のロンドン地下鉄同時爆破テロ以来、強固なテロ対策が実施され、外国人・移民の入国に対する厳しい管理・制限を目指して法改正も実施された。しかしながら他方に、移民労働力の確保という視点も経済的要因としては重要であり、いかに安全に、安定的に移民労働力を導入するかということは、経済的観点からだけでなく、政治的観点からも重要な課題となっている。
<参加者の議論>
1.イギリスの移民政策は、国境管理の厳しさの反面、国内における管理という制度・意識は緩やかである。例えば、非合法であっても継続して14年以上滞在するものには永住資格が与えられる。この”すき間”を狙って非合法移民たちが流入してくるわけであるが、イギリスではこのような非合法移民に対してどのような対応・認識がなされているのかとの質問が出た。
これに対し、職業安定所などに行ってみても、パスポートや身分のチェックは行われておらず、合法か非合法かを問われることはない。このように、さまざまな「場」における対応は緩やか(いい加減)で開かれているといえる。しかしながら合法か非合法の相違の一つとしては、最終的には年金との関連では厳格に区別されているとの回答がなされた。
2.香港の1960年代から1970代頃の印象と非常に共通している側面があるとの指摘がなされた。香港では1980年まで、タッチベース政策の下での移民の流入が許容されていた。ここでも同様に、身分証明や、合法か非合法かの相違は本質的な問題とはならなかった。この背景には、必要な労働力の確保という経済的な要求があったように思われる。よってイギリスにおいても、政治的課題が常に経済的課題に優先してきたとは必ずしも言い難いのではとの指摘があった。
3.移民の管理と制度化の一方で、家族(女性や子供)の呼び寄せによる増加という問題が取り上げられる。この点に関する対応は、どのようになされているのかとの質問が出た。
これに対し、家族の呼び寄せの要件としては、扶養する家族の存在が挙げられている。つまり、受け入れ側の経済的な要件が満たされるならば、移民の増加という側面からは問題とならない。社会保障等の経済的なコストがかからないのであれば、本質的な関心とはならないとの回答がなされた。
4.イギリスにおける移民労働力は、経営者側からも、労働組合側からも要請されているとの報告があったが、この点は他国との比較では非常に興味深く思われる。例えば、ドイツなどでは移民の受け入れは労働組合からの反発を招いているとの指摘があった。
これに対し、ドイツとイギリスの比較に関する議論がなされた。ドイツでは、社会保障の受給資格の高さが挙げられる反面、移民の労働賃金の高さが指摘された。つまり、ドイツにおいては社会保障を受けなくとも、一定程度の賃金獲得が可能である。イギリスでは、非合法移民の存在は恒常化しているものの、合法か非合法化を問わずさまざまな社会的サービスが享受できる。この背景には、移民たちの周縁化を防ぎ、社会的に包摂していく点が強調されている。
(事務局)
●増田正人氏
「アメリカ経済とユーロ圏」
<報告要約>
本報告は、アメリカン・グローバリゼーションの展開と国際通貨としてのユーロの展望を以下四点の問題意識のもと明らかにするものである。
@アメリカ経済の「復活」とグローバリゼーションとの関係の検討
A現代のグローバリゼーションとそのもとでの「地域主義」の問題
B国際通貨としてのユーロの導入と発展の問題
C国際通貨システムの安定性の問題:ユーロの影響と将来の問題
アメリカン・グローバリゼーションの背景は、1970年代のアメリカにおけるスタグフレーションへの対応に端を発している。アメリカはそれ以前のケインズ主義からサプライサイドへの転換により、アメリカ経済の「再生」を国際競争力の強化によって補完する政策を採りはじめる。このアメリカ経済の再生戦略の機軸に据えられたのが、「知的所有権」と「市場の自由化/開放要求」である。
また、これらの政策の官民一体となった推進とともに、アメリカを中心とした新たな国際経済体制の構築を強力に推進したのが1995年に発足するWTOの存在である。GATTウルグアイラウンドを踏襲しつつ、対象領域を拡大し、紛争処理メカニズムを有するWTOの発足は、グローバリゼーションのもとでのアメリカの戦略的地位を固定化したといえる。
さらに、積極的に追求された金融の自由化、グローバル化の構造を支えるのが国際通貨として、また為替媒介通貨としてのドルである。
一方でグローバル経済化の進展は、同時にリージョナルないしはローカルな対応としての「地域主義」の問題を喚起している。「地域主義」にみられる二つの傾向としては、WTOとの親和性の高い先進国型のEUと、AFTA(ASEAN自由貿易圏)のような授権条項によるものがあげられる。また自由貿易協定網の拡大により、ほとんど全ての加盟国が協定締結国となる中で、先行的な制度作りの競争による戦略的地位の固定化はますます進んでいるといえる。
これらアメリカン・グローバリゼーションに付随するさまざまな問題が提起される中で、本報告では国際通貨としてのユーロの役割と展望を試みている。
国際通貨としてのユーロの現状は、以下の五点に要約される。
@公的外貨準備の面 ―ドルの低下とユーロの急増
Aドルの代替通貨としてのユーロ ―ドル不安に対する唯一の代替通貨としての機能
Bユーロとユーロ圏 ―ユーロ参加国以外での一定のユーロ通貨圏の形成
Cユーロ圏の拡大と二極通貨体制
D最終消費市場としてのユーロ圏諸国 ―ユーロ高ドル安の現状と緩やかなユーロ・ペッグ
国際通貨としてのユーロの展開は、ドルとの緊密な関係のもとに進展するであろう。また、アメリカの経常収支赤字の累積とドル不安は、ますます代替通貨ないしは補完機能としてのユーロの価値を高めるであろう。しかしながらユーロは、現状では通貨危機の波及を抑制するメカニズムは必ずしも十分とはいえず、今後の検討課題となる。
<参加者の議論>
1.EFTA諸国(アイスランド・スイス・ノルウェー・リヒテンシュタイン)などの周辺領域で は、共通通貨としてのユーロへの参加は消極的であるように思われるが、この点はどのように理解されるのかとの質問が出た。
これに対し、共通通貨を採用することのデメリットとして、通貨主権の喪失があげられ独自の経済政策の難しさが指摘された。周辺領域にとっては、独自の経済政策の必要性から自国通貨を基軸とし、ドルとユーロを併存させることがよいのではないかとの回答がなされた。
2.東ドイツ地域などを見てみると、依然としてドイツ国内における格差の問題も解消されておらず、ユーロを採用しない方がよかったのではないかとの質問が出た。
これに対し、他国がマルクに対して通貨を固定している状況において、ドイツにはその選択的な自由度はなかったとの回答がなされた。
3.ユーロはアメリカへのカウンターパワーとしての、国際通貨となりうるのかとの質問が出た。
これに対し、ユーロ圏と通貨としてのユーロの区別が必要であるとの回答がなされた。つまり、共通通貨圏としてのユーロ圏の非拡大は、国際通貨としてのユーロの停滞を必ずしも意味しない。むしろ、金融・為替政策の独自性維持のため共通通貨としてのユーロを導入しないことは合理的な判断であるといえる。しかしながら、通貨としてのユーロは中東・アジア・アフリカ地域においても確実に拡大しているといえる。
また、国際通貨としてのユーロという側面からみた場合、最終消費市場としてのユーロ圏・EUといった視角が重要となってくる。
4.ユーロにおけるリスク・ヘッジのメカニズムに関する議論がなされた。現状において、ドルに対する代替通貨としてのユーロという側面からは、十分なリスク・ヘッジの機能は保持していないと考えられる。また、金融市場でのトラブルの危機度が高まる一方で、ユーロによる介入は(IMF理事会での認定を伴うため)制度的に困難であるとも考えられる。
以上のことから、依然としてドルとユーロの国際通貨としてのプレゼンスには大きな差があるものの、ユーロ通貨圏の形成と拡大には一定の評価が与えられる。しかしながら、ユーロの今後の課題としては、その評価と浸透に見合った機能の拡充が期待される。
(事務局) |