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●第07回(2007年1月14日)

遠藤乾氏

「ヨーロッパ統合とは何だったのか」


<報告要約>

 遠藤氏による報告は、ヨーロッパ統合、EU統合、EU研究の現状を整理し、その問題と課題を提起したものである。

遠藤氏の問題意識に通底するのは、研究対象としての「ヨーロッパ統合/EU統合」の不確定さである。現在のEU研究における方向性の欠如、方法論(ないし対象)の喪失、争点/対立軸の不在、拡散する現状分析の束という問題に対し、ヨーロッ統合の歴史的な観点から問題の再定位を試みたものである。本報告は、ヨーロッパ統合/EU統合への視角と課題を、EU研究自体を問い直し、再考する試みである。

 遠藤氏がまず指摘するのは、「統合 Integration」に関する含意の変化である。ヨーロッパ統合とは本来、スペンサー的な「統合」の概念、つまり社会の動態的なプロセスとして把握される概念であったことが確認された。その上で、現在のヨーロッパ統合は、戦後のアメリカによって提唱された“Integration of Germany into Europe”の影響を受けており、「統合」による西欧のEmpoweringというアメリカの戦後構想の文脈でヨーロッパ統合が語られていることが指摘された。つまり、遠藤氏が指摘するのは、ヨーロッパ統合/EU統合のconstitutionalないしinstitutionalな側面に拘泥しない、より多角的な視角の必要性である。報告では、フランスとオランダによるEU憲法の批准拒否などに関する詳細な検討がなされた(<EU=拡大=自由化=移民=失業>の連想ゲームという一般的なイメージに対し、フランスとオランダの批准拒否が含意するのは、「EU」と「統合」へのより本質的な問題提起である)。

 次に遠藤氏が指摘するのは、ヨーロッパ統合史という歴史的な文脈と、現代EU研究という二つの文脈からの現状理解の整理である。ここでは、現状理解の鍵として以下の二点が指摘された。一点目に、冷戦の終結、9.11、イラク戦争、東方拡大、憲法などの大きな方向性の変化である。二点目に、「EU−NATO−CE体制」の終焉、つまり経済・政治/軍事・安全保障/社会・規範とそれらの調和的分業を支えた構造と前提(=冷戦)の変化が指摘された。

 これらの変化を正確に把握することにより、現在のヨーロッパ統合ないしEU研究の抱える問題点を理解することが重要である。現代EU研究をヨーロッパ統合史の中に再定位する作業とは、EUの本質的な理念/原理、存在理由に対し根本から問い直す作業である。つまり、EUがこれまで前提としてきた3つのP(power, peace, prosperity)や、フランス・ドイツのリーダーシップに対し、二つの文脈から再検討することが必要である。

 このような問題提起に対し、遠藤氏が指摘したメルクマールは、拡大ヨーロッパの旗印としての「人権」への着目、アメリカとのパワーバランス、フランス・ドイツという政治的な中心とEUの経済的な中心の乖離に対する中心の再定義、統合の多様なモデル、などである。

 以上のような、非常に大きな問題意識を前提としながらも、報告では憲法批准拒否問題などをはじめとする具体的で、現実的な例が多く提示された。

<参加者の議論>

1. “Integration”という大文字の権力自体が問われているのではないかという指摘がなされた。 EU、フランス、ドイツやアメリカのような枠組み自体が問題なのではないだろうかとの議論がなされた。一方で、EUの加盟基準や人権概念のような大きな公準の存在が、逆説的にEUの強固さの象徴なのではないかとの見解もみられた。

2.  「EU―NATO−CE体制」の終焉に対し、逆説的にEUが包括的にあらゆる機能、制度を担うことに関しての是非が問われた。「EU―NATO−CE体制」は終焉したわけだが、複合レジームや調和的な分業に対する(再)評価はどのようになされるべきなのか。EUの拡大は、地理的な拡大のみならず、機能、制度的な面からも検討する必要性が確認された。

3. EUを分析、考察する際のロシアの重要性が指摘された。3つのPとは、ソ連との関係性の中で意味をもっていたのではないか。ソ連が瓦解したことで、3つのPは本質的な意味の再検討を迫られているわけだが、その際にロシアのもつ影響力は依然として大きい。ロシアの動向は、追い続ける必要が確認される一方で、現在のEUにとっては周辺地域/境界地域でのロシアとの綱引きが具体的な争点である。ソ連時の体系的な脅威との関係よりも、よりミクロで個別的な関係が注目される。

4. 西側のアイロニーとして、人権/民主主義の赤字に対しての再検討が重要であることが指摘された。人権概念の一方で噴出するゼノフォビアや、参加型民主主義や国民投票が必ずしも良い結果を招いていないことは十分に認識する必要がある。ポピュリズムやナショナリズムの興隆によって、冷戦期には覆い隠されていた暗部が噴出しているのではないだろうか。

5. ヨーロッパの統合をグローバリゼーションという、より大きな文脈の中で再検討する必要性も指摘された。主に90年代に議論されたような、グローバリゼーションと地域統合という文脈の中で、再分配と成長、国際競争力の獲得などは現在のEUにおいてどの程度達成されたのだろうか。ズレや変化を再検討することも重要な作業ではないだろうか。

6. オランダのEU憲法の批准拒否に関して、報告および議論全般において度々触れられた。多くの見解が、ナショナリスティックな反動という短絡的な要因ではないことを共有しつつ、そのプロセスに再度着目する必要性を指摘していた。

六鹿茂夫

「黒海国際関係と『自由と繁栄の弧』」

<報告要約>

 六鹿氏は、外交路線の四つの決定要因(A.リーダーシップ、B.国力、C.国際環境、D.地政学)を指摘し、そのなかで、地政学の枠組みの一つに「狭間の地政学」があることを指摘する。それは歴史上、とくに東欧に当てはまるが、A.力の真空、B.諸大国間の抗争、C.分割支配、D.一国による独占支配などの形態を生み出した。そして今日では、そのような「狭間の地政学」として、黒海の国際関係が重要であることが指摘された。すなわち、NATO、EUの拡大は、地政学的大変動であり、(1)EU東方拡大の結果の諸要因(A.EU内統合の問題、B.さらなる拡大(西バルカン・トルコ)、C.新近隣諸国との関係(ENP))と、(2)NATO東方拡大の結果の諸要因(A.NATOの変容、B.さらなる拡大(西バルカン)、C.新近隣諸国との関係)を、総合して判断すると、黒海が重要になってきたことが明らかとなる、とされるのである。

 黒海地域は、かつては欧州、中東、ロシア勢力圏の辺境であり、あまり注目されてこなかった。しかし、EU、NATO拡大、同時多発テロとアフガン・イラク戦争と復興、民主化ドミノなどの国際関係の新潮流により、黒海国際関係の重要性が認識されるようになってきた。とくに黒海地域は、欧州安保にとっての重要地域となり、EU、NATOとロシアとの綱引きの対象地域となり、さらには、バラ革命やオレンジ革命に象徴されるように民主化への期待が高まった地域となった。そしてこれらのことから、「欧州 中東 中央アジア」三地域を連携する要地(ハブ)としての黒海地域の役割に期待が高まった。

 他方、黒海地域への期待が高まるのと同時に、グローバル・アクターの対黒海戦略も、激しさを増してきた。アメリカ(ブッシュ政権)はアフガン、イラク攻撃の正統性を確保するために、同地域の安定化と民主化に強い関心を持っている。それは一方で、黒海で民主化を進めることで、中東や中央アジアへのその波及効果を狙い、他方で、黒海での軍事的影響力の増強をはかっている。また、ロシアの対黒海戦略は、ロシア勢力圏の維持である。そして、EUの基本方針は、黒海をめぐって、ロシアとの不必要なコンフリクトを回避すること、ただし、黒海をロシアの勢力圏として認めないこと、などである。

 そして最後に、日本の安全保障と対黒海政策について、対黒海外交推進の必要性が主張された。麻生外務大臣の「自由と繁栄の弧」演説(2006年11月末)の効用についてふれながら、六鹿氏は、日本の対黒海戦略として、(1)米国、EU、NATOとの協力関係を通じたユーラシア大陸の平和と安定への寄与、(2)黒海地域における民主化協力、(3)資源供給国の分散化、などを指摘した。

<参加者の議論>

1.冷戦期の安全保障に関するヨーロッパとアメリカとの調和的分業体制は、今日、黒海等の周縁部へと拡大していっているように思われる。それに伴って、ヨーロッパの中心部では、この分業体制は失われ、空白となったが、他方で、周縁部の黒海やグアムでは、このNATOやEU、すなわち米欧間の調和的分業はうまく機能しているのではないか?言い換えれば、米欧間の協力体制は、周縁部では拡大・強化されているのではないか?

(回答)アメリカの戦略的関心がバルカンから移り、そのあとを埋めているのが、欧州安全保障防衛政策(ESDP)を展開しているEUでる。周縁部における米欧間の協力体制は、おそらくうまくいっていると思えるが、米仏の主導権争いが、そのままNATOとESDPの対立となっている側面もあり、競争関係と協力体制の二つが、同時進行しているのが実情ではないであろうか。

2.麻生外務大臣のスピーチ「自由と繁栄の弧」で示されたように、「自由」とか「民主主義」とかの価値観を示すことにどの程度、有効性があるのだろうか?

(回答)アメリカの場合では、軍事的利益と対外的価値の推進が、しばしば対立するが、日本の場合は、経済的国益と対外的価値の推進が対立する場合がある。今回の麻生構想は、一つの外交戦略であり、政治の面でも貢献しようとしている日本の外交姿勢は高く評価されて良いのではないか。

3.かつて橋本首相は、東からのユーラシア宣言を表明している。今回の麻生構想に至るまで、外務省のなかで、どのような継続性があるのか?

(回答)中央アジアに対して、これまでの日本外交は、関心が欠如しており、一貫性がなかったのではないか。中央アジアの資源は日本にとっても重要であり、麻生構想は、日本外交にも一つの柱が出たことの事例なのではないか。

4.「自由と繁栄の弧」は、中国寄りに読んだら、中国を包囲するようなイメージであり、確かに、注目すべきpublic speechであり、空白地域への対応としては良いかもしれないが、日本の常任理事国入り問題や、北朝鮮の核問題の解決については、むしろ逆効果なのではないだろうか?

(回答)確かに修正は必要かもしれない。ただ、モルドヴァなど、この地域は、日本が唯一嫌われていない地域であり、協力関係を促進することは重要であろう。

5.外務省がこのような構想を出すのは珍しくなく、ロシアに対しては歴史的に二度(ロシア革命の時期と戦間期)実施している。冷戦期がむしろ特異だったのであり、19C−20C初頭は、対ロシア戦略として、ロシアを挟み込む戦略が実施され、それは外務省の常套手段であったと思われる。


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